<< BACK | CG GALLERY | NEXT>>

SCENE 2 人間側の事情

アルビノエキスが手に入らなくて、とある女性ハンターが困っているお話
このシーンはエロなしでごめんなさい




ここ十数年でハンター社会に変化が起こっていた。

あまり儲からない、儲かってもその金はすぐに装備代に消えると噂の商売ではあるが
どういうわけかハンターの人口は増加曲線を描いていく。
その道を志す人々が求めるものは金ではなく、名誉か、あるいは冒険の興奮なのか。

結果としてモンスターへの知識や戦術、戦略は大いに発展し
また新たな素材や新種の発見、高温炉の開発といった物質的な進歩もあって
いままで依頼されたままお蔵入りになっていた上位やG級のクエストも
ハンターたちの手によって少しずつ攻略が進んでいた。

この物語の主人公は
そんな時代の境目に生きる一組のパーティだった。


--

「ぷぎゃあああっ!!」

轟竜ティガレックスの突進に巻き込まれ
ザザミ素材の甲冑を着た女が雪げむりの中をすっ飛んでいく。

水面を跳ねる小石のように転がった彼女は、凍った崖に激突してようやく止まる。
血に飢えた手負いの飛竜がそんな人間を見逃すはずも無い。
ティガレックスは全身のバネで空をつきやぶり、
倒れたままのザザミ娘に向かって飛びかかっていく。



激しい衝撃に積雪が揺れ、氷の壁がパラパラと欠片をこぼす。
ザザミ娘はまさに九死に一生を得た。
轟竜の目測がわずかに外れ、巨大な顎は彼女の白い首を食いちぎる寸前で
固い岩の中に鋭牙を食い込ませて動けなくなっていた。

「一時退却! あの子をお願い!」
叫びながら、キリン装備の双剣使いが閃光玉の安全ピンを抜く。
「押忍!」
そう答えて走るのは、レウス装備の大柄な大剣使いである。
彼はティガレックスの身体の下にもぐりこみ、
恥ずかしい格好で気絶しているザザミ娘を強引に引きずり出してささっと背負った。
実に慣れた手際である。
このパーティーにおいて、助ける者と助けられる者はいつも決まっていた。

後輩をかついで走るレウスの男の背後から、激しい閃光が炸裂してくる。
モロに見てしまったティガレックスは、悔しそうに呻いて足を止めた。
キリン娘はその鼻面にペイントボールで追い討ちすると、
二人の背後を守るように走りながら、飛竜のエリアから風のように遠ざかっていった。



--

「あ痛たたた…
 くうー、硬化薬グレートさえあれば…」

ベースキャンプのベッドの上で、こちらも悔しそうにザザミ娘が呻いていた。
片手は顔をおおうように
もう一方の手は、しこたま壁に打ちつけたブルマの尻をさすっている。

「硬化薬Gかぁ。 最近バカ高くて、とても買えないわよね」

キリン娘は軽く相槌を打つが、

「でもそういう問題じゃなくって。
 貴女はまだ下位装備なんだから……突っ込みすぎです。
 狩りはカウンターの取り合い。飛竜より先に踏み込んじゃダメよ」

その後には先輩らしく、ザザミ娘の無謀もたしなめておく。

「ちょ……ちょっと油断しただけだもん!」

いくらハンターたちの物資が進歩したとはいえ
今のザザミ娘が上位ティガレックスに挑むには少し荷が勝ちすぎるようだった。

「まぁ、いい経験にはなったんじゃないかい」
「そうそう、みんな最初はそんな感じよ。
 でもさすがにやっぱり、あなたの装備じゃ早すぎたと思うんだ」

クエストに対する作戦は練り直された。
命あっての物種である。 ( *注1 )
二人に無理を言ってついて来ていたザザミ娘は
おとなしくベースキャンプで待機するということで
今回の方針はまとまった。







「ふーんだ。留守番なんて得意中の得意よ!」

一人で馬鹿なことを言ってしまうと
誰も突っ込んでくれないだけにとても寂しい。

先輩たち二人の気配が離れていくと、ベースキャンプは急に静かになった。
レウスの男はG級、もう一人のキリン娘もG級直前の熟練ハンターである。
自分という足手まといが居なくなった以上
もはやティガレックスの命運は風前の灯火だ、と
遠ざかって山道に小さく見える二人の背中を見送りながら
ザザミ娘はそう思った。

「でも本当になあー。
 道具さえ良ければ、あたしだってもう少しは……」

硬化薬Gや鬼人薬Gといったアルビノ系のアイテムが
いつの間にかひどく値上がりしていた。
今ではとても狩りで採算が取れるような価格ではなく、
元々ぎりぎりのやりくりでそれらを愛用していたザザミ娘にとっては
グチも繰り返したくなるような重大な悩みの種になっていた。

フルフルが、獲れないのである。

ハンター人口が爆発的に増え、アルビノエキスはますます需要を高めていく。
ににも関わらず、雪山からの供給量は急激な落ち込みを見せていた。
在庫の変化に目ざとく気づいた商人たちが、さらにそれらを資本力で奪い合った結果
フルフルの素材はいつの間にか、黄金のような価格になってしまっていた。

「まったくもう……アルビノエキス、どっかに落ちてないかなぁ?」

そういうわけで、
ザザミ娘のグチはしばらく終わりそうに無い。


--

人間という種族は、確実に強くなっていた。

かつてその存在を疑問視され、半ば伝説に近い存在であった覇竜アカムトルムですら、
近年になってとうとう、人類はその討伐に成功していた。

魔境はやがて魔境ではなくなり、モンスターを追い払った大地に都市は広がり
荷馬車の行き交う街道はどんどん太くなり、強くなった商業のもとで人々は大いに栄えていた。



まだまだハンターとして未熟なザザミ娘も
それら文明力の恩恵を大いに受けている人間の一人だった。

そうやって拡大した販路に乗って
秘薬や強走薬といった強力な支援物資が流通し
いまや産地の距離にかかわらず、王国のどこに居ても力がお金で買える時代だった。

だけども我々の世界でよく知られた運命を、この世界の人々はまだ知らない。
文明の力は、必ずしも世界を良くするだけではない。

「フルフルたち、どこに行っちゃったんだろう?
 昔はたくさん居たのになぁ……」

ベースキャンプの天井を見上げながら
ザザミ娘は不思議そうな顔でつぶやいていた。



--

「GWUAAAAAA!!」

怒りに満ちた咆哮が大気を強く震わせる。
全身を朱に染めて満身創痍のティガレックスは
自分を包みつつある死神の袖を振り払うかのように
猛烈なバインドボイスを轟かせていた。

  人間ドモハ、一瞬ノウチニ視界カラ消エタ……
  ドコダ……ソウ遠クデハナイハズダ
  俺ハモウ死ヌノダロウ
  ダガ奴ラダケハ許サヌ、必ズ地獄ヘ連レテ行ク……!!

そんなティガレックスは、わずかな気配を察知して背後に振り向く。
脇をくぐりぬけるようにチョロチョロと動き、常に死角へと回り込んでくる
人間たちのなんと忌々しいことか。

そして視界の正面にオスの方の人間をとらえた瞬間
---その人間は、飛竜が振り向くのを待ち構えていたのだ---
ティガレックスは強烈な大剣の一撃に頭を撃ちおろされて
「グオオオッッ!!」と呻きながら大きく怯んでしまった。

「先輩、今ですっ!」
「オッケー!」

今度は飛竜のふところに、メスの方が飛び込んでくる。
全身に禍々しい赤光をまとい、二本の剣で斬撃の嵐を繰り出す人間。
猛烈な鬼人乱舞はティガレックスの首から上に直撃し
その全てが致命的な斬撃となって、竜の生命そのものを破壊する。

「………………!!!」
思考が……バラバラに解体されていく。
そんな感覚の中で、ティガレックスの視界はすぅっと光を失った。
真っ暗で何も見えず、何も聞こえず、もう何の痛みもない。



「グォオオオオオオオオオ…………ッ!!」

最期に天を仰ぐように、腹の底から断末魔を搾り出すと
やがてその巨体をゆっくりと重力にゆだね、轟竜は響きを立てて地面に倒れた。
ティガレックスの意識は……もうこの世から消えていた。





--

ハンターの歩く道は
狩っても狩られても恨みっこなし

ベースキャンプへの帰り道。
歓談に華を咲かせる男女の声が
雪山の澄んだ風に乗って聞こえてくる。

「だからさぁ、君のほうが先にG級に上がったのに
 なんでまだ私を『先輩』って呼んでるのかなぁ?って聞いてるのよ」
「ええと……」

もっともそれはキリン娘が一方的に話しかけ
レウスの男がトツトツと返事をかえすようなやり取りなので
歓談と表現するべきかは疑わしいけれど。

「先輩は……先輩ですよ」
なんとかひねり出すような、答えになってない答え。

「ほほう、それはどういう意味かしら?」
「さぁ…何ていうのか、よく分からないんですけど」

実際のところレウスの男は、G級に上がった今でも
キリン娘を自分より上に置いて評価していた。

自分は男であり、その中でもとりわけ体つきが大きい。
だからごり押しにおいて有利なだけである。
技量や判断力に関して見れば、どう考えても彼女のほうがずっと上なのだ。

……と、的確に伝えられれば苦労も無いのだが。
曖昧に流そうとする返事に対して、キリン娘はやや違った方向に解釈の角度を変えてくる。

「もしかして……特別な意味だったりして?」

彼女は歩きながら腕を絡ませ、薄い布に包まれた肉体を密着させつつ
レウスの男の顔を覗き込むのだ。

「うっ……!」
顔の向きはそのまま、視線だけあさってに逃がしながら
レウスの男は少し過去を振り返った。
彼がキリン娘を先輩と呼ぶようになったのは
二人でハンターを志した十代の終わりの頃だった。

当時の二人は、連れ合いというには
あまりに臆病な距離で歩いていた気がする。
そんな臆病な二人はお互い歩み寄る努力をしながら
とうとう体温が伝わる距離まで近づいてきた。

レウスの男の心は決まっている。
キリン娘もそうだろう。
だがそれを口に出したことは無い。
それこそ、何と言っていいのか見当も付かない。
そんな情けない男に対して、女のほうはいくらか頑張っているようだった。

「先輩、胸が当たっています」
「当てているんです。いちいち報告するなっ」
「すんません」
「いちいち謝るなっ」
「すんません」

叱り叱られながら、男女は機嫌よく帰路を歩む。
女の努力の成果もあって、
遅まきながら、そろそろ二人の春は近そうである。


--

艶が出てきた二人きりの会話も
ベースキャンプに到着するとお仕舞いになった。
ゴトゴトと支給品の余りを返却箱に放り込んでから
レウスの男は留守番娘にも狩りの終わりを伝えに行った。

「あっ……んっ、んっ……ぅふうっ……」
一方テントはテントで、
なんだか艶かしい声が内側から漏れ出していた。

「あんっ……あっ……!」
「戻ったぞ、ただいま」
「えええっ!? きっ、キャー!!」

テントの布の向こうから、素っ頓狂な声が上がった。
そのままドタンバタンとホコリ臭い騒音が続き、
最後にテントの入り口から慌てふためくザザミ娘が転がりだした。

「ティガレックスを討伐してきた。クエストは成功したよ」
「や、やぁ……早いね、さすがだね。ははは……」
「……? 何してたんだ?」
「ななっ……!! 何でもいいでしょっっ!!?」
「痛えっ!?」

反射的に手を出してレウスの男の頬を思い切り張ると
ザザミ娘は額に汗を浮かべ、激しい動悸に高揚しながら
相手に見えないように必死にブルマをずり上げている。
だが後ろに立ったキリン娘から見れば
ザザミ娘の可愛いお尻は半分ほどむき出しだ。

(まったく、何やってんだか……)

キリン娘はおかしそうな、でもちょっと複雑な笑みを浮かべて肩をすくませた。

「この子ったら……えいっ!」
「ひょわああああ!?」

キリン娘は無防備な後輩の背中に抱きついて、剥き出しの尻肉をギュッと掴んだ。
ついでにこっそりブルマを直してあげてから
二人にクエストの終了を宣言し、帰り支度を始めるのだった。


--

「とうとうあのティガも退治されちゃったな〜」
「退治したのは先輩じゃないですか……」
「どーせ私は留守番だったし」

三人のハンターは、三頭のポポの背で揺られつつ村へと向かう。
柔らかい毛皮の上で狩りの緊張をほぐしながら
皆は思い思いの格好でくつろいでいた。

「次のクエストはどうしようかしらね」

遠ざかる白い山を木々の間に眺めながら
何の気なしにキリン娘がつぶやくと

「フルフルッ! フルフルがいいですっ!」

もう決定事項だと言わんばかり、即座にザザミ娘の手が挙がる。

「フルフルかあ。 どうする?」
「俺は別にいいんですが、ここ最近、フルフルの依頼は滅多に見ないような気もします」
「だよねぇ。まあフルフルのクエストがもしあれば、それを最優先ってことでいい?」
「……はぁーい」

気勢を失ったザザミ娘が突っ伏して、ポポの毛皮に顔をうずめる。
村への道のりはまだ三時間はある。
途切れた会話を無理につながず、キリン娘は仰向けになって
緩やかにスクロールする空の景色に視線をとばした。

フルフルはどこへ行ったのだろう?
ザザミ娘の言葉が、キリン娘の中でもモヤモヤになる。

青い空を越えていく白雲のように、どこか別の大空へと飛び去ったのだろうか。
だがキリン娘の記憶が正しければ
フルフルの数が目に見えて減りだした時期は
アルビノエキスに特需が来た時期と一致している。

(あるいは……)

あるいは雪山のフルフルは、全てハンターに狩られて死に絶えてしまったのかもしれない。

(でも……そんなことが、ありうるの?)
神が創った完全なる世界の生物が、
人間ごときに狩られて滅びるようなことがあるのだろうか?

そこまで考えたとき、キリン娘はふと雪道の風に寒さを感じた。
彼女はポーチに残っていたホットドリンクを一本開けようかと思ったが
やはりもったいないから止めておいた。


--

キリン娘の考えは、我々の世界ではよく知られた事柄だ。
雪山のフルフルたちは正にハンターの狩猟によって消えたのだった。

短い年月の間に急激な進歩を遂げた人間社会は
時代の節目へと差しかかっていた。
自然と文明の力関係が、いままさに逆転しつつある。

フルフル狩猟の依頼が途絶えてしまうのも当然だ。
現在この雪山エリアにおいて、
フルフルはすでに絶滅してしまっていたのだから。

この世界で、歴史上初めて行われた「乱獲」だった。

かつて雪山で取れたアルビノエキスは雪山だけの特産品だった。
ハンターたちは自給自足の生活が原則だった。

だがその後のシュレイド王国は見違えるような商業力を手に入れて、
砂漠にいても密林にいても、アルビノエキスはどこでも買えるアイテムになった。
加えてハンターの人口が増加してくると、
アルビノエキスはあっという間に獲り尽されてしまったのだ。

キリン娘がそうであるように、商人たちもそう。
まさか人間の狩猟で一つの種が丸ごと絶滅するなど夢にも思わず
今日も王都の市場では、商人たちが莫大な賞金をかけてフルフルを求める。

だがもう誰もフルフルを見つけることは出来なかった。
雪山にはもう、フルフルはいないのだ……

人は何かを失うまで、それが失われ得るものだと気づかない。
構造的に、気づけるわけがない。
だから誰が悪いわけでもない。
ただ、来るべき日が来たのである。

「フルフルのクエスト、あるといいなぁ……」

寝返りを打って空を眺めるザザミ娘は、遠いつぶやきをこぼしていた。
青い天空を流れる、フルフルのような白い雲たち。
村が近づく頃にはそれらも山の向こうに消え、
すっかり晴れきった空の片隅に、丸っこい雲が一つだけ取り残されていた。





<< BACK | ↑REPLAY | NEXT>>














( ※注1. 本来のMHはややコミカルな世界観に設定されていますが
 当作品内においては、クエストに失敗すると、多くの場合はハンターが死亡するという設定になっています )