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SCENE 2 モンスター退治 2-1 ざっくざっくと茂みや下草を切払い、レイナは木々の間を抜けていく。 愛剣は腰に差したまま、村で借りた鉈を振り回す。 オークが作ったと聞いている獣道は、森の奥へ奥へと続いていた。 「陰気な森ね……あまり長居したくないわ」 アルドラや沼地の一味を思い出す魔の臭いが漂っている。 鳥や獣の気配もどこか遠く聞こえるような、生命に嫌われた森だと思う。 巫女の足で逃げ帰るのに半日かかると聞いた礼拝堂まで、 レイナはおそらく一本道に進んでいる。 距離が遠いのか近いのかはさて置いて、女戦士の行軍は短兵急な足取りだった。 「救い出す女の子は三人で、森のオークは何十頭か」 村人の話では、十日ばかり前にも一人の武芸者が 娘たちを救ってみせると森に入っていったらしい。 農民には戦に対する無知があり、武士には戦に対する見栄がある。 後から考えてみれば、いささか無謀な話であったかと人々は言う。 一対数十では、普通そういう勘定になるだろう。 しかし今のレイナは、戦士としてあまりに普通から外れている。 ”数の差は工夫すれば何とでもなる”と村人に答えたものの、 オークの十や二十など、正面から戦っても負ける気はしなかった。 (まあ私だって、イノシシ武者みたいに突っ込むつもりじゃないけど。 戦いの途中で人質でも取られたりしたら、そこでお手上げだしね) オークとは人語を理解するモンスターのはずだ。 下手に話しかければ、汚い取引で足元をすくわれかねない。 それを封じるためには、言葉を交す余地のない状況を作って 一方的にオークを倒していくのが上策だろうか。 「オークの礼拝堂に急襲をかけて、正体を知られる前に一撃離脱。 そこから各個撃破をしていけばいいのかしら」 蜂の巣ならぬオークの巣を突いた後は、森の中に影となって隠れ潜んで、 慌てて出てきたオークたちを問答無用の闇討ちにする。 とにかく相手を混乱させて、交渉の隙を作らせない。 人間相手の戦いと悟らせず、 凶獣や魔物に襲われているとオークたちが錯覚すれば理想的だ。 ――後になってレイナは回想しながら、自分自身を恥じていた。 戦いとは、ただ勝てばいいというものではない。 結果論として当時のオークにまともな会話は出来なかったのだけど、 無邪気な顔で何と冷血な作戦を考えていた事だろうか、と。 ともかく戦いの献立を考えながら進むうち、 瘴気はいよいよ暗く濃く澱み始めた。 そろそろ近いか。 レイナは警戒の集中力を強くして、足音を忍ばせゆっくり歩く。 目を閉じれば鳥獣の呼吸と入れ替わり、 人ならざる人々の気配が暗い森にひしめいている……ような、気がする。 大勢で固まっている者たちと、小勢で茂みを歩く者たちがいる? いずれにしろ、きっとオークであろうとは思われる。 レイナは慎重に見定めをしながら、まずは小勢が動く方角へと獣道を逸れていく。 -- 果たして灌木から出たり潜ったりするように、 三人の大男が森の向こうに彷徨っていた。 万が一にも闇討ちで人違いなどやる訳にはいかないので、 レイナはまだ隠密をしつつ、相手の様子を窺いながら近付いていく。 人身豚面、二本の頭角。 大丈夫、何をどう見てもオークである。 三人ともが武装しているが、 手に持つ得物は手槍やサスマタの類らしい。 狩猟民族らしく、森で獣肉を狩ろうと歩いているのだろうか。 殴り込みの勢い付けにはうってつけの標的だ。 レイナは鉈を地面に置くと、愛剣を鞘から抜き放つ。 さあ、モンスター退治の始まりだ。 レイナはオークの背後に回りこみ、そこで殺気を解き放つ。 茂みから飛び出し、最後尾のオークを狙って ――それこそ野生のモンスターのように猛然と襲い掛かった。 「はあァァッ!!」 腰の入ったモーションで横薙ぎに鋭刃一閃、 レイナは一撃でオークの首を刎ねるつもりでいた。 暗殺者ではなく、戦士らしい第一手だ。 だが奇襲としては欲張りすぎで、殺気がバレる方が早かった。 斬撃が炸裂する直前に、オークが気付いて振り返る。 レイナの太刀筋は真横からずれてしまって、 オークの首を、僅かな斜めに切り裂いた。 「ガハッ……!?」 刃は鎖骨を削りながら滑って背骨にめり込み、 その硬さを断ち切れずに、オークの肉の中でガツッと止まった。 さすがのオークも致命傷だが、即死までには至らない。 斬られた敵は膝から崩れ落ちながらも、素手でレイナの剣を掴もうとする。 (おおっと、すごい根性だわ!) レイナは慌てて剣に体重を乗せ、刺さったままの刃で敵の背骨を押して、 弱ったオークを力ずくで地面へとねじ伏せた。 気力もねじ伏せられたか、亜人の目から光が消えた。 これで一頭を減らして、二対一。 レイナは剣を抜いて構え直した。 残るオークもめいめいに武器を構えて左右を囲む。 第一ターンの終了、といった所だろうか。 「ぶひぃ……」 一頭が短く呻いた後は、奇妙な沈黙が訪れた。 睨み合うでもなく、間合いを取り合うでもない。 オークたちは、ただ突っ立っているだけにしか見えなかった。 これには奇襲をかけたレイナの方が面食らう。 烈火のように怒るか、鶏のように慌てふためくものだと考えていた。 「故あって討たせてもらうわ。 人に仇なす悪鬼たち、観念なさい!」 レイナは仕切り直しの啖呵を切った。 言葉を交すということは、作戦の都合上、 「生かしては帰さない」という意味でもある。 「ぶひぃ……」 が。 レイナが凄んでみても、気の抜けた返事が一つ返ったきりだ。 家畜でも殺される時にはもう少し抗いそうなものだが。 森の雰囲気と同様に、オークは何やら呪いじみていた。 「死ネ……!」 前触れもなく、今度はオークの方から先手を打ってきた。 突いて使うはずの手槍を木刀のように振り下ろし、 横に薙ぎ、風切る音が重たく森の空気を揺らす。 ずい分出鱈目な戦いぶりだが、オークの筋力を考えれば 柄殴りだとしても痛烈な威力だろう。 しかし力だけの打ち込みでは、二人がかりで百合(ひゃくごう)振っても 達人の剣士に当たるような気配がなかった。 攻め手はそんな力量差をまるで気にする風もなく、 大出血して倒れた仲間は完全に無視して、 単調な打ち込みで黙々とレイナを狙う。 さすがに異様を感じたレイナは、ひらりひらりとオークの棒振りを交しながら、 改めて相手の様子を観察していた。 (オークって、こんなモンスターだっけ? まともな思考を持たない相手だったなら やっぱり正面突破の方が早いのかしら……) 2メートル近い長身に、太い肩から腕にかけて刺青が刻まれている。 成人したオーク戦士の証のはずだ。 しかし目の前でやり合う二頭のオークは、 いくら蛮族とはいえ、あまりに雑な素人の剣を振るってくる。 何かが色々とおかしい気がする。 その最たるものは、丸出しになっているオークたちの下半身だ。 「そ……それにしても、それにしても」 ぶるるんっ ぶるるんっ オークたちが大振りに動くたび、 彼らの股間で立派なものが揺れまくっていた。 亜人種とはいえ、レイナにとっては 生まれて初めて目にする成人男性の生殖器だ。 彼女の視線はついつい釘付けとなり、 しばらくオーク退治どころではなくなった。 「あなた達、なんで素っぽんぽんなのよぉっ!?」 これは一体、どういう状況なんだろう。 オークとは人語を解し、未開なれど文化を持ち、 少なくとも股間ぐらいは布で隠して暮らす種族のはずだ。 巨大なソーセージをこうも堂々と目の前で振り回されると、 レイナの方が恥じらい、うろたえてしまった。 しかも”それ”は次第に硬さを含み始めて、 ゆっくり先端を持ち上げながらレイナを狙った。 「ひ、ひええええっ! 勃ってきた!?」 体積が三倍近くになっただろうか? 半勃ちから完全な勃起になってしまった男根は、 レイナが空想していたよりも遙かに大きい器官であった。 彼女は目を点にしながらも視線が逸らせない。 真っ赤な顔でオークの武器をかわしつつ、 男の象徴がどういう形状をしているか、 まじまじと網膜に焼き付けている。 「ナナナ、何を考えてるの!? そんな物をぶるんぶるん振り回してっ!」 つい自分で口にしてから、ふと思う。 オークたちは戦いの途中で何を考えながら、 いや、何を見ながら興奮しているのだろうか。 「――はっ?」 オークの刃を避けながら、彼らの視線を追ってみる。 するとどうだろう。 亜人たちもまた、レイナの豊かな乳と尻に釘付けだった。 ぶるるんっ ぶるるんっ レイナが身体を傾けるたびに、露出の高い女体の肉が 実にダイナミックに揺れていた。 クイーンズ・ブレイドは女ばかりで感覚が麻痺していたけれど、 そういえばレイナ自身の戦装束も、 他人の露出についてとやかく言えるような構造では無かった。 「た……大変、失礼をしました」 頭頂まで赤くなるような思いに恥じ入りながら、 レイナは申し訳もなく謝罪した。 もう敵味方の服装についてはあれこれ考えない方が良い。 恥の赤面を通り過ぎて、頭が真っ白になってきた。 ここから先は戦士の呼吸だけに従って、 無心でオークたちを討ち取ってしまおう。 ひとたび気持ちを切り替えると、レイナは稲妻のように動き出す。 ただでさえ鈍重なオークが全裸で棒立ちになっている。 余計なことさえ考えなければ、レイナでなくても簡単な戦いだ。 オークは相変わらず馬鹿正直に、真っ正面へ武器を振り下ろす。 その腕の筋を狙ってスパスパ斬ると、亜人たちは肉のカカシになった。 「全身急所ってやつね……なんだか少し悪い気もするけど!」 今度こそ横一文字に狙いを定め、レイナは二つの首を続けざまに刎ね飛ばした。 首から飛沫を上げる返り血まで綺麗にかわし、余裕の勝利だ。 ――と思ったのだけど、あらぬ方向から不意にもう一つの飛沫が飛んで来る。 大量の熱い粘液がレイナの顔面に張り付いて、 べっとりと糸を引きながら垂れ落ちていく。 「ぷぁっ……な、なんで下から飛んでくるわけ? あれ、これって血じゃないのかしら。 なんだか白くて、ネバネバの……」 そんな特徴を持つオスの体液は一つしかない。 はち切れそうになっていたオークのペニスは 人生の最期でレイナの太ももにムチッとぶつかり 天まで飛ばす勢いで女の顔に射精していた。 たちまち青臭い栗の花の匂いがむせた。 一瞬ばかり、きょとんと呆けたレイナだったが、 顔だけでなく身体まで汚し始めた熱い噴射が オークの男性器から湧き出しているのを見て、ようやく事態を理解した。 うぎゃああああああああっ。 隠密の作戦もすっかり忘れたレイナの悲鳴が、 断末魔のような大声で森の隅々にまで響いていた。 2-2 「はぁ……はぁ……! ぐすっ、助けて! 誰か助けてええっ!!」 十数分後。 礼拝堂から一人の女性が転がりだして、 酸欠に喘ぎながら森の中を逃げ回っていた。 レイナより少し年下の、赤い髪をお下げにしている娘は、さらわれた巫女の一人だ。 いちおう服は着ているものの、何ヶ月もの監禁によってボロボロになっていた。 破れた服から豊かな乳房がはみ出して、 走るたびに揺れながら熱い母乳をまき散らす。 胸だけでなく手足の肌もあちこちが露出していて、 草や木の枝に引っかかり、見る間に生傷を増やしてしまう。 それでも彼女は立ち止まらずに、心臓と肺を限界まで酷使してひたすら走った。 裸に剥かれた股間から、血と精液とヘソの緒がぶら下がっている。 オークにさらわれ、オークに犯され、オークの精液で種付けされた。 まだ処女だったのに、村では恋もしていたのに、全部むちゃくちゃにされてしまった。 ぐるぐる回る視界の中で、ずっと悪夢を見ている気分だったけど 夢が醒めないまま孕んだお腹が大きくなって、 今日とうとう初産をした。全部現実の事だったらしい。 汗まみれになって肩で息をしながら豚顔の赤ん坊を眺めていると、 ――お産の時には放置していたくせに、終わった途端にオークたちが寄ってきた。 娘は後産もしないうちから輪姦されて、子宮の中に新たな子種を注がれ始めた。 もう何も分からない。もう何も考えられずに泣きじゃくる。 穴という穴を貫かれている最中に、社の外からレイナの絶叫がわずかに聞こえた。 それに気付いた赤毛の娘も、意味不明の祈りを大声で叫んだ。 彼女はオークをひっかき、殴り、暴れ回って、 次に気がついた時には森の中を疾走していた。 さらわれたばかりの頃には、何度も逃げて何度も連れ戻された森の小道を、 娘は僅かな希望にすがって泣きながら走った。 「お願い……私を助けてえええっっ!!」 -- せせらぐ川に全裸で腰まで浸かり、 レイナはこびり付いたオークの精液を洗っている。 返り血ぐらいなら戦いが終わるまで我慢できるけども、 種汁をぶっかけられたままで放っておくのは、さすがに人としてどうかと思った。 小さな勝利を拾って景気を付けるどころか、最初から酷いケチを付けられた。 美闘士の中でも戦士に特化しているレイナとしては、割と良くある展開だ。 だってしょうがない。 レイナとて戦士である前に、いちおう女の子なのだ。 粘液の正体を悟ったときには心臓が爆発するかと思った。 ヴァンスの武将として戦や謀(はかりごと)にのぞむなら、 要するにこれがエリナやクローデッドなら、もっと上手くやるのだろうか。 『お願い……私を助けてえええっっ!!』 考え事はそこまでだ、森から救いを求める声がする。 さきほどやらかした失敗が、即座にツケを回したようだ。 急いで次の一手を決めなければ。 (はぁ……また結局、成り行き任せになるわけね。 他の姉妹(ふたり)と私って、いったい何が違うのかしら) 嘆きながら川から上がり、脱いだ衣服にたどり着く。 鎧を着ているひまは無いかもしれない。 せめて靴だけ急いで履きつつ、助けを呼んだ声に向かって返事を怒鳴った。 「私はこっちよ! 川にいるわ!」 『ぐすっ……助けてえええっ!!』 即座に返ってきた返事の返事は、思ったよりずっと近い場所からだった。 これはやはり、裸で戦うハメになりそうだ。 レイナは色々と手際の悪い自分に泣けてきた。 「さっき以上に、ブルンブルンとやり合う訳ね……」 そのとき川辺の茂みが、ガサッと大きく揺れ動く。 レイナはとっさに剣を拾って身構えた。 木々の壁から飛び出してきたのは赤毛の娘だ。 彼女は「川だっ!」と短く叫ぶと、 勢いのままに自分から大ジャンプして、どぼんと水中に身を投げた。 な、なんで頭から飛び込むわけ? レイナは娘に声をかける暇もなかった。 たしかに「川にいる」とは言ったけど、 レイナが川の『中』から返事をしていたはずは無いだろうに。 どうやら要救助者はひどく混乱しているらしい。 溺れる深さではないけれど、あの勢いでは川底で頭を打ったかも。 もう一度レイナも川に戻って、赤毛の娘を助けるべきか? (ダメだわ、追っ手ももう来る!) 今度は四、五人の気配が茂みの向こうに迫っていた。 やむなくレイナは構えた剣をそちらに向けて、戦闘態勢に入る。 先ほどオークたちに文句を言っておきながら、 今度は自分が見事に素っぽんぽんだ。 辛うじて靴だけ履いているのは全裸より変態的か。 しかし裸足で戦えるほど足の裏を鍛えていないので 靴から履かざるを得なかった。 「ううう、これじゃ痴女じゃないっ」 人の役に立ちたいと思いはするが、 なかなか英雄譚のようには行かないものだ。 いや英雄譚こそ幻想で、現実の世界史では英雄たちも恥をかいていたのか。 だとしても、いつもポロリや丸出しで戦う美闘士たちの宿星は 一体どんな色で天に輝いているのだろう。 レイナは過剰な露出にどきどきしながら亜人たちの気配を迎え撃つ。 2-3 「なっ、何ぃ!?」 「えっ!? きゃあああっ!?」 森の川辺で男と女が、戸惑った声を交錯させた。 女はもちろん、レイナの悲鳴だ。 男の声は、礼拝堂でオークを刺した、あの剣士のものだった。 せめて乳首だけでもと、レイナは慌てて手で隠す。 敵はオークだけだと聞いていたのに、 追っ手の中に人間の男性が混じっているとは思わなかった。 男の方もかなり驚いているようだ。 三頭のオーク戦士を従えたまま、 彼は呆れたような表情で裸のレイナを観察している。 レイナにとってはあまりに痛い視線であった。 「こりゃどういう事だ、お前は何だ。 俺たちの豚をどこにやった? 今ここに、一匹逃げてきただろう」 「え……と、何を言っているのかしら。豚?」 豚に似たモンスターなら目の前に三頭居るけど、 豚そのものが近くに居たとは思えない。 まさかとは思うが、豚とは泣き叫びながら逃げてきた娘のことか。 見れば男はそこそこ鍛え込んだ剣士のようだ。 武器は両手でも片手でも使えるバスタード・ソードが一振りと、 腰のベルトにもう一本、安っぽい片手剣を差している。 レイナは最悪の状況を想定しながら言葉の意味を考える。 俺たちの豚。 ”俺たち”とは男とオークたちの事であり、 ”豚”とは、やはり攫われた女の子たちを指すのだとしたら。 人間とオークがグルになって、人さらいをやっている? もし事実なら、最悪というより最低だ。 「念のために聞くんだけど…… 豚ってさっきの女の子の事なのかしら」 「そうだ、そのメス豚だ! ブウブウ鳴きわめきながら逃げるのは変だと思っていたんだ! お前が無理やり引きずって居やがったのか!」 微妙に会話が噛み合ってないのが気になるが、 どうやら、まさに最低の状況らしい。 とたんに男は怒りながら剣を抜く。 「あの子は豚じゃないわ、 いくら何でも言葉を選びなさい!」 レイナも怒って剣を構える。 色々と聞き質したいことはあるけれど、 こんな男には先に痛い目を見せた方が良さそうだ。 「だいたい、何で素っ裸なんだお前はっ!!」 「はううっ!」 レイナの方が、思いっきり痛いところを直撃された。 たちまち彼女は余裕を失い、舌を噛みそうな弁解を試みる。 「こっ……!! これは水浴びの最中だったからで、 決して露出狂だとかそういう訳じゃなくて…… ほ、ほら! そこに畳んであるのが私の服なのよっ」 レイナが律儀に説明をしたというのに、男はまともに聞いてくれない。 いや、そもそも聞こえているのかどうかさえ怪しいぐらい、 男はどこか遠くに目の焦点を合わせたまま問答をする。 「オークの雌には服を着る文化も無いという訳か。 豚が豚を盗んだような、おかしな話だ!」 「オークの、め、め……」 レイナは唇が震える程の侮辱を感じたが、 同時に、上手い例えだとも思ってしまった。 裸で剣を構える自分の姿は、 先ほど戦ったオークたちにあまりに似ている。 「口が悪いのは、感心しないわね……!」 レイナは何とか冷静な言葉を選んで突き返し、そこで会話を打ち切りにした。 これ以上の話をしても気分が悪くなるだけだろう。 なかば感情に流されながらも、 彼女は自分から地面を蹴って、男に戦いを仕掛けていった。 -- がきんっ レイナの第一撃は、鋭くもないが隙もない、 無難な小手調べの袈裟斬りだ。 真っ正面から男が受けて、剣と剣が組み合った。 そこでいったん二人が止まると、 慣性の法則でレイナの乳房だけが大きく揺れる。 レイナが「くっ」と頬を染める。 だが男は正面を睨んだままで、乳に反応しなかった。 女体などに価値は無い、といった雰囲気だ。 レイナとしては助かるが、それはそれで少し失礼な態度にも思えた。 「お前たちは下がって待っていろ!」 剣でレイナと力比べをしつつ、男はオークたちを後退させた。 意外にも彼は、正々堂々の一騎打ちを望んでいる。 剣を当ててみれば、腕前も中々のものらしい。 筋力は充分にたくましく、剣の構えも正当な流派に見える。 刃と刃が噛み合う部分に、チリチリと緑色の光が生まれる。 これはおそらく魔力の粒子だ。 魔法の武器なのか、本人が魔法剣士であるのかは判然としないが、 レイナは姉のサンダー・クラップを思い出しつつ、 思わぬ強敵の出現に目を見はる。 「裸のオークなんぞ、俺一人でえっ!」 「まだ言うかっ……きゃっ!?」 男が気合いを発すると、今度は剣ではなく、男の身体全体が淡く光った。 磁力にも似た見えない力が広がり、 レイナの打ち込みは男に反発して、上半身ごと押し戻された。 身体の前半分を理不尽な向きから押されて、 レイナはバランスの取りようもなく突き飛ばされた。 彼女の両手は左右に弾かれ、足もMの字に大きく開いて、 一瞬上から下まで丸見えになって、地面に派手な尻餅をつく。 「〜〜〜っ!!」 思わず胸をかばい、膝を合わせて陰部を隠すと、 レイナはエビのように後ろに跳んで距離を作った。 男は剣を前に構えながら、すり足でゆっくり追いかけてくる。 もろ出しの大サービスを正面から見ても、男は眉一つ動かしていない。 だんだんとレイナは、女としての自信が揺らぎ始めた。 「この……いい加減にしてよ!」 レイナがそう訴えるのは、暴言に対する苦情なのか、 それとも女として見ろということか。 彼女は理屈ではなく激情で頭を一杯にしながら、 もういちど男に斬りかかる。 もはや乳が揺れようが膣が開こうがお構いなしの打ち込みだ。 どうせこの男は何も反応しないのだろう。 「たあぁーーっ!!」 レイナの二度目の攻撃は、はっきりと勝ちを狙っていた。 上々の剣技に加えて魔力まで使うとは予想外だったけど、 それも全部込みで、相手の力量にだいたいの見切りが付いた。 男の太刀筋よりも速く、魔力の押し戻しよりも強く打つ。 大丈夫だ。 相手の剣と魔法を総合しても、レイナの方がずっと上を行っている。 「ぬおおっ!?」と男が焦る。 ギリギリのタイミングで何とかレイナの剣を受け防いだが、 バスタード・ソードを握る男の両手は、ひどく痺れて感覚が無くなった。 再び刃を合わせた姿勢から、レイナが力強い”押し”を仕掛ける。 男は全身を不規則に震わせ、筋力の集中を失いながら、上体をレイナに崩されていく。 男が両手持ちで、女は片手持ちの剣だというのに、 刃に乗せた気迫の量が違いすぎていた。 ――その時、魔剣は方針を変えた。 魔剣は二本目の剣として男の腰に差さっていた。 剣はなまくらを装って人目を欺き、男を支配し、男に力を上乗せしていたのだ。 しかしどうやら敵対している女剣士は凄腕で、 男の技量に魔の力を上乗せしても勝てそうにない。 かといって、人間種族を二人同時に支配するのは難しそうだ。 魔剣はこの場の戦いを無理に勝たずに、むしろ上手く負けることで ”馬”を乗り替えることにした。 そんな内輪を知ってか知らずか、凄腕の女剣士は眼光を鋭く光らせ、 さらなる力で一気に勝負を決めに来た。 「あなたでは……私に勝てないわ!」 レイナは勝利を宣言しつつ、剣で噛み合っていた姿勢を不意に引き、 空いている左腕で、盾を使って男を殴った。 右手から左半身への絶妙な体重移動は、まさに力の芸術だ。 ばきぃっ 男は相手に剣をすかされてつんのめり、 その横面に盾の強打をぶち当てられた。 いつの間にか魔力の働きは消えていた。 男は一瞬身体ごと浮き、そのあと肩から地面に激突をする。 「馬鹿な……! なんで豚がこんなに強いんだっ!?」 水辺に転がりながらも男の悪言は改まらない。 ぴくぴくとこめかみで脈を打ちながら、レイナの血管が今にも切れそうだった。 「こんのおおっ!!」 レイナは倒れた男に追撃を打つ。 男はバスタード・ソードを片手で掲げて、何とか斬撃を防ごうとする。 カァンと高い音が響いて、男の剣は宙を舞う。 レイナの目論見通りになった。 元から斬殺ではなく、防御の剣を跳ね飛ばす狙いでの一撃だった。 「くそっ! や、殺られる!?」 なおも男は抗おうとして、腰にあった二本目の剣を抜く。 ひどく古くて安っぽい、人を斬るよりも草を伐るのがお似合いの鉄剣だ。 レイナはそんな物に全く脅威も感じず、 もう自分も剣を放って一気に男に組み付いた。 男が構える前に柄を捕まえ、その腕をねじ上げて、あっさり剣を取り上げる。 (これで相手は丸腰ね!) 止めを刺したい、オークのように首を刎ねてしまいたい。 そういう感情も幾らかあったが、相手はオークではなく人間だ。 レイナは一時の感情だけで人を殺したくは無かった。 「さっきから人のことを、豚だの何だのと……!」 相手の胸ぐらを左手で掴み、持ち上げて、 レイナは奪った剣も脇に置き、怒りにまかせて鉄の拳を握った。 渾身の気力をその手に込めて、最後の一撃は右ストレートで 相手の顔面を凹ませる事にする。 「こんなに可愛い豚がいるかあああっっ!!」 ずがんっっ 肉がひしゃげる打撃音に重なって、 普段なら言葉にしないような本音がレイナの口から飛び出していた。 男は折れた歯などを散らかしながら、川の方へと吹っ飛んでいく。 石つぶてのように水面を二度跳ねてから、最後にどぼんと飛沫を上げて水に沈んだ。 そして十数秒の間を置いて。 水音と飛沫の涼しさで、レイナの心も次第に激怒から我に返った。 そう言えば、この場にはもう一人の人間が――しかも女の子が居るはずだった。 第三者の前で自分の事を”可愛い”などと叫んだ行為が、 レイナは急激に恥ずかしくなって顔から火を吹きそうになる。 「わ、私はそりゃ豚かもしれないけれど! あんな可愛いお嬢さんを捕まえて、豚呼ばわりは無いでしょう!」 誰に向かって言っているのやら、レイナは苦しくごまかした。 あんなに可愛いも何も、レイナが赤毛のお嬢さんを見たのは一瞬で、 どんな顔をしていたのかまでは分からなかったのだが。 「あら、でも……あの子の気配が消えている」 赤毛の娘が飛び込んだ川面には、 人が浮いている様子も、沈んでいるような気配もない。 一体どこに行ったのだろう、先に村へと脱出してくれたのか。 ……きっとそうだろう。ひとまずは、めでたしめでたし。 森にオーク以外の脅威は無いはずだし、 そのオークはレイナが今から全部討つのだから、 逃げた娘は放って置いても大丈夫だろう。 「まだ二人も助けなくちゃいけないしね。 私は礼拝堂に乗り込むべきだわ!」 レイナは娘を振り返らずに、使命を次の段階へと進めた。 しかしそれは判断として正しいだろうか。 オークに出会わなくとも、森には熊や野犬が居るかも知れない。 疲れて混乱している半裸の娘に、 そんな森を半日もかけて、一人で帰らせても良いものか。 不思議な事に、今のレイナは”どうでもいい”と感じていた。 彼女にはもっと優先するべき事があるはずだった。 -- レイナは殴るとき地面に置いた剣を拾い上げ、 すっ飛ばした男の近くに歩み寄る。 彼は川から何とか上半身だけを這い出して、 ううっと呻きながら、石だらけの岸に突っ伏していた。 レイナは男の首根っこを強く掴むと、 相手の全身を水から引きずり出して仰向けに寝転ばせた。 勝者として事情を問うのかと思いきや、レイナの目当ては剣の鞘を奪う事だった。 レイナが拾い上げて手に提げていた長剣は、 自前の愛剣ではなく、男から取り上げた安物の方だったのだ。 鞘も手に入れ、剣をそこに収めると、得も言われぬ充足感がレイナを満たした。 「これでよし、と」 ああすっきりした、心のつかえが取れた気分だ。 剣は何も言わずに、レイナの手の中で沈黙していた。 「アンタはまさか……レイナ=ヴァンスか!?」 仰向けにされて寝そべる男が、心底驚いた顔でレイナを見上げた。 ええ、そうよ。何を今さらと呆れながら彼女は答えた。 男は急いでそっぽを向くと、さらにひと言を追加した。 「何で裸なんだろう……股ぐらい隠されよ、女陰(ほと)が丸見えですぞ!」 「へっ!!?」 それこそ何で今さら、そんな事を言うのだろうか! レイナの心は、全くの不意打ちに大混乱だ。 「きゃああああああああっっ!!?」 レイナは反射的に男を蹴った。 しなやかな筋力に腰が入った強烈な脚の一撃は、 男にとって不幸な事に、金的を狙う絶好の立ち位置だった。 踏まれたカエルのように「げびゅっ」と鳴いて、 男は泡を吹きながら白目を剥いた。 レイナはレイナで、足の甲が男の性器を潰す感触に鳥肌が立つ。 慌てた勢いで、とんでもない事をやらかしてしまった。 「ひええ!? あ、あの、ごめんなさい!」 男に返事はなかった。むしろ意識が無いようだ。 川辺に静寂が訪れた。 -- 大の字に倒れて泡を吹く男。 胸と股間を手で隠して靴だけ履いた裸の女。 「待て」と言われたっきり、ずっと眠ったように待つオークたち。 このシュールな絵は何なのだろうか。 清いせせらぎの中で、レイナもしばらくは呆けていた。 しかしいくら待っても、自分以外に誰かが動くような様子もなかった。 彼女は仕方ないので、孤独な気分で服の所までトボトボ歩いた。 服を着て、鎧をまとって、妙な居心地で一休みしてから、 レイナは礼拝堂への攻略を再開する事にした。 << SCENE 1 へ | ページTOPへ | SCENE 3 へ >> [2-1 2011/12/04] [2-2 2011/12/10] [2-3 2011/12/18] |